第2692回例会(2017.4.24) Regular Meeting

第2692回例会  平成29年4月24日(月) 晴
A  
◇“それでこそロータリー”
   
◇出席報告
  会員:90名  出席:75名
出席率:83.33%
前々回(4月11日)修正出席率(85名):78.48%
   
◇誕生日祝福
  奥野君(4/14)、岡本夫人(4/23)、清水夫人(4/26)、佐治夫人(4/29)、淺見(敏)君(4/30)、佐藤君(5/8)、渡辺(英)君(5/14)
   
◇ニコボックス
  増田君(卓話をさせて頂きます。
    ベルフラワーにて山田信二さんに大変お世話になりました)
小田君(林さん90周年おめでとうございます。しおりを頂きました。
    写真を頂きました)
安井君(山田信二さん、浅見勲さん、増田浩男さんにお世話になりま
    した。地区協議会出席ありがとうございました)
水野(茂)君(土方君にお世話になり、バーミュキュラ炊飯器を手配
       頂きました。炊き上がりも良く家族に好評です)
浅見(勲)君(山田信二さんにお世話になりました。
       写真を頂きました)
松宮君(安藤さん、笹野さんにお世話になりました。
    写真を頂きました)
宇佐美君(4月度東風会で優勝しました)
髙田君(6ロータリー合同ゴルフコンペで優勝させて頂きました)
宮島君、宮崎君(ニコボックスに協力します。写真を頂きました)
寺田君(ニコボックスに協力します)
福田君、福谷君、古川(善)君、後藤君、平松君、平野君、本多君、
今村君、稲葉君、石田君、伊藤君、鏡君、加藤(義)君、川浦君、
森川君、野原君、岡田君、奥村君、嶋谷君、鋤納君、鷲見君、鈴木君、
棚橋(賢)君、山田(哲)君、栁澤君、余語君
(写真を頂きました)
奥野君、渡辺(英)君(写真を頂きました。誕生日祝)
淺見(敏)君(ゴルフ例会で優勝しました。誕生日祝)
佐藤君(誕生日祝)
清水君(写真を頂きました。夫人誕生日祝)
佐治君、岡本君(夫人誕生日祝)
東谷君、柏木君、各務君、池戸君、山田(信)君
       (結婚記念日祝、写真を頂きました)
安藤君(写真を頂きました。棚橋さんにお世話になりました。
    結婚記念日祝)
寺尾君(加藤義彦さんにお世話になりました。写真を頂きました。
    結婚記念日祝)
岩口君、馬場君(結婚記念日祝)
   
◇國府谷幹事報告
 
1.  本日例会終了後「理事役員会」がございますので、理事役員の方はこの儘お残り頂きますようお願い致します。又、引き続き2時からこの会場で「I.M.実行委員会」がございます。
2.  次週月曜日(5月1日)は定款による休会ですので次回例会は「5月8日」になります。
   
◇鈴木会長挨拶
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   先日の例会で吉野の話をしましたが、もう少し詳しくお話しします。
 吉野というところは、修験道の山伏(修験者)が修行するところだそうです。修験道を創始したとされるのが、役行者という人です。
 その方が、皆さんの平和と幸福を祈願され、その結果、神様が現れてきました。その顔が非常に優しい顔だったので、自分が思う神様でないと、もう一度お祈りしたら、かなり怖い顔の神様が現れました。それを桜の木に掘って残したのが吉野の桜の謂れだそうです。
 吉野の中腹にある金峯山寺にその像「金剛蔵王大権現」が安置されています。
 私はその像の特別開帳に行きましたが、その日は終わったところでした。せっかく行ったのですから、寄付の受付に行きましたところ、「5時から法要があるので、参加しませんか」ということで、運良くご開帳にめぐり合うことができました。
   
◇卓 話
  “ロータリーの歴史に「職業奉仕の理念」を聞く”
増田浩男 直前会長
  2692-2
   「職業奉仕理念」について、日本の先人のロータリアンがいろいろと語ってきました。
 最近、シェルドンのオリジナル文献が日本人により発見され、膨大の量の翻訳がなされて、「He profits most who serves best」の解釈が分かって参りました。そこで、現代においても日本のロータリーが何かと重要視しているロータリー独特の「職業奉仕理念」なるものがどのようにして出来上がってきたかを、 ロータリーの歴史からひも解いてみたいと思います。
 アメリカのシカゴにロータリークラブが創設された当時、どのような社会状況だったか。18世紀半ばにイギリスから始まった産業革命と共に、アダム・スミスの富国論から出発した資本主義が、19世紀末から20世紀初頭においては、破綻寸前の社会情況を呈していました。資本家がいかにして利潤を独占しようかと、弱肉強食の競争に明け暮れ、「騙すよりも騙される方が悪い」と買い手側の自己責任で片付けられる時代でした。
 そんな時代だった1905年2月23日、弱冠36歳の弁護士ポール・ハリスは、自身が暖めていた社交クラブの構想を、鉱山技師のガスターバス・ロア、石炭商のシルベスター・シール、洋服商のハイラム・ショーレー、3人の友人に打ち明けました。
 この4人は、職業倫理観が乱れた世の中で、どうすればうまく事業をやっていけるかを、話し合ったとされています。資本主義社会の基本前提では、職業人は自由競争の下、互いに競い合うことが義務づけられ、それ故に互いに疑心暗鬼と不信感にさいなまれる運命にありました。そのような職業人に、どのようにしたら疑心暗鬼にならずにうまく商売が出来るのかが最大の問題でした。 その秘策は、同業者がいないという一業種一会員の制度で、そしてその中に「親睦」を見つけ出そうとするビジネス・サークルでした。
 その後、印刷業のハリー・ラグルスや不動産業のウィリアム・ジェイスンなどの5名が入会し、総勢9名でシカゴ・ロータリークラブが誕生しました。時に1905年3月23日。初代会長はシルベスター・シール、幹事ウィリアム・ジェイスン、会計ハリー・ラグルスでした。
 創設当初のロータリークラブには「奉仕理念」なるものは存在せず、会員同士の互恵取引が積極的に行われ、堅固で自己中心的な「物質的相互扶助」のグループをかたち作っていきました。この恩恵を受けるために入会者が多く、シカゴ・ロータリークラブは大きくなっていきました。
 「物質的相互扶助」に基づく企業経営は、一時的にはロータリアンに大きな収益をもたらしましたが、閉鎖的な「物質的互恵主義」は世間の非難を浴びると共に、会員内部からも批判する声が起こってきました。
 さらに、ロータリー変革の最初の曲がり角となる出来事がありました。入会を誘われた特許弁理士ドナルド・カーターが「物質的相互扶助と親睦だけを考えて、世のため、人のためを考えないクラブは永続性がない」と断ったのです。この出来事は、シカゴ・クラブの健全な発展を望んでいたポール・ハリスにとって大変なショックだったことでしょう。彼に「奉仕」の必要性を問うきっかけになったと同時に、その後のロータリー発展のターニングポイントになったと思われます。
  そんな中、1907年ポール・ハリスがシカゴ・クラブの3代目会長になります。彼はそれまでの「物質的相互扶助」に加えて、「奉仕活動」と「他都市での新クラブ設立」を会長方針としました。この頃から徐々に、シカゴ・ロータリークラブは、ハリー・ラグルス率いる「物質的相互扶助」をロータリーの基本原則と考える「互恵主義派」と、「奉仕理念とクラブ拡大」を掲げるポール・ハリスの「奉仕・拡大派」の派閥争いが始まります。
 ハリー・ラグルスは自分の派閥拡大のため、1908年1月にアーサー・フレデリック・シェルドンと、チェスリー・ペリーを入会させます。しかし、二人はハリー・ラグルスに同調せず、ポール・ハリスに協力しました。
 シェルドンは、ミシガン大学経営学部を優等生で卒業し、博士号も授与された秀才で、1902年以来、シェルドン・ビジネス・スクールで彼の持論である「サービス学」、つまり「奉仕・経営学理念」を培って来ました。そして、当時のシカゴ・クラブのロータリアンに「物質的相互扶助」だけで事業を大きくするのではなく、「奉仕・経営学理念」の手法で事業を行う必要性を説いたのではないかと思われます。このシェルドンの理念が、ロータリーの「一般奉仕理念」になるのですが、まだこの時代には「職業奉仕」という言葉がありませんでした。
 シェルドン自身、1902年に「He profits most who serves best」という彼独特の経営理念を確立していましたので、彼は「service(奉仕)」という言葉を使って他のロータリアンを説得していたものの、「互恵主義派」にはそれを判る人がほとんどいなかったと思われます。
 この時代の「service」という言葉で、当時の人が思い浮かべることは「神に対する奉仕」である教会への奉仕活動や献金、「国に対する奉仕」としての国への忠誠や兵役、「主人に対する奉仕」である召使いとしての役務ぐらいしかなく、事業上の「奉仕」という概念は、「物質的相互扶助」で事業に明け暮れるロータリアンには全くないというのが現状でした。
 そしてついに、その緊迫した状況に破局が訪れます。1908年10月、ポール・ハリスは任期半ばで会長を辞任し、シェルドンも新会長ハリー・ラグルスによって情報拡大委員長の任を解かれます。
 その後、シカゴ・クラブの「互恵派」と「奉仕、拡大派」の対立の問題を解決すべく、チェスリー・ペリーの呼びかけで、シカゴ・クラブと15の子クラブ、合わせて16クラブの代表者が問題を話し合い、その解決策として「全米ロータリークラブ連合会」(会長ポール・ハリス、事務総長チェスリー・ペリー)の設立が決まりました。その設立までの道のりは、連合会の会長の座のみならず、連合会の16クラブ内での立ち位置まで、平坦なものではありませんでした。現在のRIが上意下達の姿勢ではなく、下意上達の姿勢を求められる理由がここにあります。
 ここからポール・ハリス、シェルドン、チェスリー・ペリー等の活躍の場は、全米ロータリークラブ連合会に移り、この時期を境にしてロータリークラブは世界に羽ばたいて行くことになります。
 そして、1910年8月、第1回の全米ロータリークラブ連合会の大会がシカゴで開かれ、企業経営委員長であった、シェルドンやチェスリー・ペリー、ミネヤポリスのロータリアンらによって(彼等のほとんどはシェルドン・スクールの卒業生だったと言われています)、物質的相互扶助の慣習からの脱却と、「職業倫理」が記載された「ロータリークラブの目的」の採択に成功します。
 その第4項に「進歩的で尊敬すべき商取引の方法を推進すること」の文言が入りました。
 この「ロータリークラブの目的」が、ロータリー史上「職業倫理」を謳った最初の公式文書でした。
 そして、シェルドンはその大会最終日の晩餐会で、ロータリアンとして事業を成功に導くためにどうすべきかというスピーチを行いました。その中で彼は、20世紀初頭の社会情勢を説明し、実業人を成功に導く方法は「利益」を他人とシェアするというサービス学を学び、守ることであると説き、持続して繁栄し、発展しているいくつかの企業に共通している特徴をサービスと名付けました。そして、その理念を端的に表す言葉として「He profits most who serves his fellows best」という言葉を初めて披露しました。
 「職業奉仕」のことを少しでも勉強した人ならば「his fellows」が気になると思います。彼が1902年に経営していたビジネス・スクールで使用していた『The Sheldon Course』という全12巻の教科書の最後に彼が標語として使っていた言葉が、「He profits most who serves best」でした。その言葉に「his fellows」が加えられていたことは何を意味しているのでしょうか。
 それは、事業上、得た利益は決して自分一人で得た利益ではなく、とりも直さず、his fellows、すなわち自分の従業員、顧客、取引先の方、自分と関係するすべての人々を対象にしている。それが「奉仕学」だということをロータリアンに強調し、分かりやすく、奉仕理念を説明するためだったと考えられます。ただ、素晴らしい奉仕・経営学理念の提唱であったにもかかわらず、残念ながら、「経営」と「奉仕」を結びつけることに思いを馳せる人はほとんどおらず、反響はゼロに等しいものでした。
 この時点から、事業を展開する上での、この新しい奉仕・経営学理念を全国のロータリアンに伝える作業がシェルドンや、かつてビジネス・スクールの学生として彼の奉仕哲学を学んだ、チェスリー・ペリーやジェームス・ピンカム(シアトル・クラブ)、ジョン・ナトソン(シューシティ・ クラブ)等によって積極的に進められました。
  翌1911年には、ポートランドにて第2回全米ロータリークラブ連合会の年次大会が開催されました。実は、シェルドンは所用のためこの大会に参加していませんが、大会議事録によると大会最終日にシェルドンが用意した演説原稿をチェスリー・ペリーが代読し、それが彼の奉仕理論の象徴とされる「He  profits  most  who  serves best」を結語とした「ロータリー宣言」として採択されました。まさにこの頃からシェルドンは、時代の寵児になります。
 1912年、全米ロータリークラブ連合会は、カナダ、アイルランド、イギリスなどの加入で41クラブからなる、国際ロータリークラブ連合会と改称されました。 そして、このダルース国際大会で、「国際ロータリークラブ連合会の目的」と「ロータリークラブの目的」が別々に採択されました。
 「国際ロータリークラブ連合会の目的」で注目すべきは、第3項の「既存するロータリークラブの活動、およびクラブの価値を研究し、それで得られた全てのクラブにとって有益な情報を明示すること」です。この“研究し、明示する”と決議されたことが、かの有名な1915年の「職業倫理訓(道徳律)」の採択に繋がって行きます。
  また一方の「ロータリークラブの目的」の中でもっとも注目すべき点は、前年の「ロータリー宣言」で初めて使われた「奉仕」という文字が、今度は「ロータリークラブの目的」の中で初めて使われたことです。しかも、第1項にある「社会に奉仕する機会としての職業」は、まさに シェルドンの考え方そのものでした。
 さて、1913年のバッファロー国際大会はConvention of Inspirationと呼ばれるくらい、「ロータリーとはなんぞや」「我々はロータリアンとして何をすべきか」等の議題を活発に討論した伝説の大会と言われています。
 1910年のシカゴ大会で採択された「進歩的で尊敬すべき商取引の方法」や、1912年のダルース国際大会で採択された「全ての合法的職業は、社会に奉仕する機会として、会員各自の職業を、高潔なものにすること」等を受け、「職業を通じての奉仕」の在り方について、会場を挙げての活発な議論がなされました。その結果、世界中のロータリアンから「事業上、適用すべき実践的な模範例」を収集してまとめることが決議されました。
 これはまさに、シェルドンが説いていた企業における「奉仕・経営学理念」が、今度は「ロータリーにおける一般奉仕理念」として花開いたと理解してよろしいのではないかと思います。
 ただ、中身は職業奉仕理念と言って差し支えないと思いますが、当時はまだ「職業奉仕」という言葉はありません。
 そして、その実践的な模範例の収集結果の原案が1914年ヒューストン大会で討論し直されて、1915年のサンフランシスコ国際大会にほぼ原文のまま提出されたものが、「全分野の職業人を対象とするロータリー倫理訓」として採択されました。
 このロータリー倫理訓は、心あるロータリアンの職業上の実践や倫理観をまとめた11箇条として、「職業倫理訓(道徳律)」とも呼ばれ、これをロータリアンのみならず、全職業人の間に広めることになったのです。
 全部の内容は時間の都合で省略しますが、1条と2条を読んでみます。
 1条「わが職業は、価値あるものであり、世に奉仕する絶好の機会が与えられていると考えるべきこと」。
 まさに、ロータリークラブが、職業奉仕ロータリーと言われる由縁です。
 2条「わが身を修め、わが能率を向上し、わが奉仕を拡大すべきこと。そうすることによって『最もよく奉仕するもの最も多く報いられる』という、ロータリーの基本原則に対して忠実なることを立証すべきこと」。
 前段部分の言葉は「人づくりロータリー」と言われる由縁であり、 後段は、ロータリアンの行動規範の原点は「He profits most who serves best」であると言っているのではないでしょうか。
 そして、翌1916年、国際ロータリークラブ連合会の理論・教育担当委員長ガイ・ガンディカーは、ロータリー最初の解説書「A Talking Knowledge of Rotary(ロータリー通解)」を執筆・発行し、ロータリークラブ運営のテキストとして、全世界に配布しました。
 それには当時のロータリーの基本理念や活動の在り方と共に、この「職業倫理訓(道徳律)」の全文も掲載されていました。
 このように、シェルドンによって提唱されたロータリーにおける奉仕理念は、「ロータリー通解」の発表をもって完成し、その後の活動はロータリアン自らがどのようにして事業上で「道徳律」を適用し、職業奉仕を実践するかという運動に変化していきます。
 つまり、その当時のロータリーにおける「一般奉仕理念」の原理原則は、シェルドンの考え方「He profits most who serves best」そのものであると言えるのではないでしょうか。
 そしてロータリー運動において、この頃から身体障害児に対する救済対策に奔走し、福祉団体か慈善団体の様相を呈するクラブも出始め、ロータリーに「社会奉仕」という概念が生まれます。
 そして、その奉仕をめぐって、1923年までの7、8年間「理論派」と「社会奉仕派」の論争がまき起り、両派の仲裁裁定としての「決議23-34」に繋がって行きます。
 現在、我々が使っている「職業奉仕」というロータリー用語は、当時はまだなく、正式に使われたのは1927年ベルギーで開催されたオステンド大会にて、「4大奉仕」が決まってからだと思います。
 初期ロータリーにおけるロータリーの「一般奉仕理念」の構築は、1910年の「職業倫理」が記載された「ロータリークラブの目的」から始まり、シェルドンが説いていた「奉仕・経営学理念」をそのままロータリーが借用し、ここが大切なところですが、シェルドンの奉仕・経営理念、すなわち「He profits most who serves best」が「ロータリーの奉仕理念」として、1916年のガイ・ガンディガーの「ロータリー通解」をもって完成をみたと考えて良いと思います。その当時の「ロータリーの奉仕理念」は「He profits most who serves best」一つでした。
 また、「職業奉仕」という言葉ができたのが1927年であることから、「ロータリー通解」発表時の「ロータリーの奉仕理念」をもって「職業奉仕理念」と言ってよいかという疑問のある方もおられると思います。
 ただ、オステンド大会では、それまで「ロータリーの一般奉仕理念」と呼ばれていたものに「職業奉仕」という呼び名が与えられたということと、まさに「ロータリー通解」発表当時の「ロータリーの一般奉仕理念」の内容は、「He profits most who serves best」に要約されるシェルドンの経営学に基づく奉仕理念であり、これこそが真のロータリーの「職業奉仕理念」と言ってもよいのではないかと思います。
 「ロータリー通解」発表時のロータリーの奉仕理念は、その後、1923年の「決議23-34」にて、「service above self」が追加され、「He profits most who serves best」と「service above self」の二つが、現代における「ロータリーの奉仕理念The ideal of  service」となりました。
   
◇次回例会(5月8日 1階  シャンボール)
  “伊勢神宮 −式年遷宮と桧−”
名古屋大学名誉教授
飯田 喜四郎
(紹介者 鋤納忠治 君)
   
◇次回会合
  第2回次年度理事役員会・囲碁同好会
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