第2615回例会(2015.6.22) 第2615回例会(2015.6.22)

第2615回例会  平成27年6月22日(月) 晴
A  
◇“それでこそロータリー”
   
◇東谷昌彦君御母堂会葬御礼
   先日は、亡き母のために多数の参列を賜りましてありがとうございました。
   
◇出席報告
  会員:88名 出席:65名 出席率:73.86%
前々回(6月8日)修正出席率(83名):86.75%
   
◇誕生日祝福
  棚橋(賢)君(5/26)、本田君(6/28)
   
◇ニコボックス
  神谷君 本日スピーカーを務めさせていただきます
宇佐美君 6月度東風会で優勝しました
東谷君 亡き母の葬儀に多数のご参列、感謝します
本多君 インド・プネーのIT教育プロジェクトの開所式が6月20日に
      開催されました。皆様に報告と感謝致します
清水君、小田君 良い事がありました
新実君 写真を頂きました
鈴木君、奥村君、安井君、稲葉君、カルマノ君、加藤(義)君
      ニコボックスに協力します
棚橋(賢)君、本田君 誕生日祝
   
◇国際奉仕委員会よりお知らせ(本多君)
   6月20日にインドのキンダール小学校でIT教育プロジェクトの開所式典が行われました。その報告が「明日の会」代表のモディさんから届きました。英語なので、真木さんに翻訳していただきました。
 「最初のEタブレットセット37台がキンダール村の小学校に寄贈されたことを聞いて、お喜びのことと思います。ドクター・ミダハ(カラヤンメガロRC会長)も会長の任期中に式典が行われたことを喜んでいます。式典には約20人のカラヤンメガロRCの会員が参加しました。全校生徒と先生に加えて、多くの村の男女も参列しました。
 式典は歓迎の歌で始まり、プジャ(ちょっと何かわかりませんが)とともに進められ、タブレットが保管される教室のテープカットが行われました。ソフトとEタブの使い方のデモンストレーションが行われた後、学校側とロータリーの双方がお祝いを述べました。
 次いで、校長がカラヤンメガロロータリーと名古屋東ロータリーの寄贈に謝意を述べ、その後、ドクター・ミダハが、プロジェクトを実現させたミセス・モディと明日の会の懸命の働きに感謝の意を表明しました。」
 これで6つの小学校の最初の1校の式典が終わりました。現地訪問は9月の末に、ガネッシュ・フェスティバルというヒンズー教のお祭りに合わせて出かけようと計画しています。正式に決まりましたら、皆さんにお知らせ致します。
   
◇青少年奉仕委員会よりお知らせ(佐治委員長)
   昨日、東RCが提唱している名城ローターアクトクラブの創立20周年の記念式典がありまして、会長の代行として出席させていただきました。
 20周年の事業として、彼らの例会場のガーデンパレス周辺のゴミの収集をされました。もう一つは、各メンバーが20日間継続して何かに取り組むことをやっておられました。
 彼らが一番困っていることは、会員が16名しかいないことです。ローターアクトにご推薦いただける方がみえましたら、ご紹介いただきたいと思います。よろしくお願い致します。
   
◇奥村幹事報告
 
1.  次回例会終了後「新旧理事役員会」がございますので、「今年度及び次年度理事役員の方」はご予定頂きますようお願い致します。
2.  メナード美術館のチケットを頂いています。ご希望の方は受付でお受け取りください。
   
◇鈴木副会長挨拶
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   前々回の挨拶で、タイでクーデターに遭ったときのことをお話ししました。
 ウパタオ空港から出国することになりましたが、その手順がわからなくて、空港まで行けばなんとかなるだろうと思いましたが、いろいろな国の人が集まって、しっちゃかめっちゃかになっていまして、最終的に「はい、時間です」と締め出されました。
 そこで、旅行会社に連絡したら、タイ航空の営業所に行ってくださいとのことでした。このような時は、旅行代理店は情報をつかんでいるので任せるのが一番です。
 タイ航空の予約センターはバンコクの街の真ん中にありました。そこも人でごった返していましたが、空港よりはマシでした。
 しかし、並んでいたら、インド人が突き倒すように割り込んで来て、チェックインカウンターの女性に大声でわめいて仕事を妨害するのです。その女性は諦めて、先に手続きすることにしました。すると、そのインド人が手招きして、後ろから大勢のインド人が殺到しました。大混乱に陥り、止むを得ず別室でチェックインすることになりました。
 2回目のクーデターのときも、バンコクにいました。クーデターが好きなわけではないですが。
 私は、荷物をホテルに置いて、社員と一緒に会食するため、ショッピングセンターにあるレストランへ向かいました。しかし、ショッピングセンターは、まだ早いのに閉店です。どうしたのかと思ったら、戒厳令で、撃ち合いが始まりました。そうなると、道路封鎖されて、まともに走れません。
 このような時は、普段安全ではないところが安全です。スラム街の真ん中を走ってホテルに戻りました。
   
◇卓 話
  “輸血の今昔”
会員 神谷 忠
(愛知県赤十字血液センター 名誉所長)
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   血液が人間の体の中で大事な働きをしているということは、エジプト時代や古代のローマ時代から人は知っていたようです。
 1492年ローマ法皇イノセント8世が危篤になった時、3名の青年の血液を法皇に飲ませたという記録があります。1667年、フランス国王の侍医デニーズが4名の貧血患者に仔羊の血液を輸血しました。そのうち1名は死亡したという記録が残っています。そこでパリ大学、英国国会、法王庁は輸血禁止令を出しました。その後150年間、輸血の記録はありません。
 1828年にジェームズ・ブランデルという産科医が10名の患者に人の血液の輸血を行いました。血液型発見の約70年前、血液抗凝固剤開発の85年前の試みで、ひどい結果だったと想像するに難くありません。
 1900年ウィーン大学のカール・ラントシュタイナーが、ABOという血液型を発見しました。これによって、血液型を合わせないと輸血できないということが一般にも理解されるようになりました。
 1939年に第2次世界大戦が勃発し、輸血の必要性が叫ばれまして、保存血のために、血液を固まらないようにする抗凝固剤のACD液が開発されました。
 輸血には感染症がつきものです。1915年、輸血による梅毒の感染報告がありますが、4℃で72時間冷却保存すると、病原体であるトレポネーマを不活化することができるとわかり、それ以降、輸血による感染はありません。
 現在は、B型肝炎、C型肝炎、エイズ(HIV)の3つのウイルスを同時に検出する核酸増幅検査を導入しています。
 さらに、輸血用血液の安全性向上のために、献血者と輸血を受けた方のその後の状況を追跡調査することが義務付けられています。
 現在の輸血は、昔と比べるとかなり安全だとお考えいただけると幸いです。
   
◇6月度同好会成績
  (囲碁 8日(月) 於 キャッスル)
   優勝:大伴勝彦(元会員)
 2位:後藤章信
 3位:真木 昭
 4位:本多 満
 5位:新実宣英
  (ゴルフ 10日(水) 於 藤岡CC)
   優勝:寺尾洋太
 2位:野田剛司
 3位:鏡 哲也
 4位:小田義彦
5位:各務有一
  (麻雀 18日(木) 於 八勝館〈昭和と合同〉)
   優勝:宇佐美嘉重斌
 準優勝:真木 昭

 4位:奥村哲司
 5位:本多 満
   
◇次回卓話(6月29日)
  “いまの男性着物の事情…もしかして、ダンディズム?”
着物専門店のマルトヤ店主 内藤丈裕
(紹介者 柏木 功君)
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