第2613回例会(2015.6.8) 第2613回例会(2015.6.8)

2613回例会  平成2768日(月) 曇

A  

◇“手に手つないで

   

出席報告

 

会員:88名 出席:64名 出席率:72.73

前々回(518日)修正出席率(83名):87.95

   
誕生日祝福
 

今村君(5/21)、各務夫人(6/8)、古川(善)君(6/13

   
ニコボックス
 

水野(茂)君 親睦の食事会ありがとうございました。

野原君 たべあるきの会ご参加ありがとうございました。
    安藤さんにお世話になりました。

澤君 ホームクラブご無沙汰していました。

柏木君 メナード美術館を楽しませていただきました。

カルマノ君 第56回上智大学・南山大学総合対抗運動競技大会が
      無事に終りました。

奥村君 521日のゴルフ会と同日夜の東風会でダブル優勝しました。
    最高の一日でした。
    本日、例会に参加できず申し訳ありません。メーキャップは
    済ませてあります。皆様の100%出席(メーキャップも含む)
    にご協力をお願い致します。

各務君 本日スピーカーを務めさせていただきます。夫人誕生日祝

新実君、稲葉君、梅村君 ニコボックスに協力します。

今村君、古川(善)君 誕生日祝

栁澤君 結婚記念日祝

   

囲碁同好会よりお知らせ

   本日例会終了後「3階 梅の間」にて「夏季大手合わせ」、その後「地階 柳城」にて懇親会を行います。
   

岩口副幹事報告

 
1.

次回例会は「1階 シャンボール」で行います。

2. RC浦野三男会員より「次年度カレンダー」を頂戴致しましたのでご希望の方は受付にお寄り下さい。尚、先日の「地区協議会」にご出席の方にはお渡し済みです。
   

山田会長挨拶

 

 本日は、デミング賞とTQM活動についてお話しさせていただきます。ちなみに、弊社は、昨年デミング賞を受賞し、経団連榊原会長より壇上で楯を授与いただき、さすがに感激いたしました。全員でTQM(総合的品質管理)を実行し努力を重ね、顕著な業績の向上が認められ受賞できたものです。デミング賞は、戦後の日本に品質管理を普及し、日本製品の品質を世界最高水準に押し上げる大きな礎となったW・E・デミング博士の業績を記念して1951年に創設された世界最高ランクの賞です。

 TQMとは「全員の参画で、顧客の要求を満足する品質を経済的に実現し、企業の安定した成長を図る品質重視の経営手段」のことです。そのためには「合理的な考え方であるQC的ものの見方・考え方」で、「科学的な手法であるQC手法」を駆使し、「すべての人が、設計、製造、営業、総務などのすべての部門で、商品企画、設計製造、販売などの各ステップで実行し成果を出す」ことです。

 弊社は、人づくりをベースに体質強化の手段としてQCサークルも含めた全員参加のTPS(トヨタ生産方式)、TPM(総合設備保全)活動を30年近く実行し、それなりの成果を上げてきましたが、開発部署および事務部門の参画が悪く、また顧客志向と、QC的ものの見方、考え方が希薄でした。

 そこで、2011年にTQMを導入し、徹底的に合理的な「QC的ものの見方・考え方」の浸透と「科学的な手法であるQC手法」の教育と実践を図りました。

 その中で、「顧客、利用者が欲しているものを、喜んで買っていただけるサービスを提供していこう」という顧客志向から、客先での新製品新技術開発展示会を開きました。更に、当社で考え得る最高レベルの部品を実車に装着したチャンピオンカーを製作してお客様に乗車してもらいました。これらを通じて、お客様の困りごとを収集し、それを解決し、「静かで心地よい音色づくり」を提案してきました。そして、車を運転している人、車外の人、車を組み立てる人、メンテナンスする人、ものつくりでの後工程の人すべてを顧客ととらえ製品設計をした結果、素晴らしい提案が生まれ、喜ばれるようになりました。

 また、データや事実に基づく管理の面では、取りっぱなしになっていたデータを、「科学的な手法であるQC手法」を使って、それぞれの場面で効率よく使い分け、効果を挙げるようになりました。

 皆がQC的ものの見方・考え方の意味を正しく理解するとともに、これが効果的に実践できるように、しくみに落とし込む。そして、そのしくみに従って、確実に業務が実行され効果を上げるようになりました。

 TQMを実施して本当に良かったと実感しています。今後とも、人づくりをベースに品質を中核に据え、顧客志向のマネージメントで、3年後には更に成果を上げ、デミング大賞を獲得するレベルに到達できるよう全員で頑張る所存です。

   
卓 話
 

ヲタクによるヲタクな話

会員 各務 有一

  2613-1
 

 いわゆる太平洋戦争の終戦まで日本の航空技術は世界に冠たるものだったと言う方がおられますが、本当にそうだったのでしょうか。

 戦闘機は空を飛んで機銃を撃つことが基本です。ですから、機体とエンジンと、戦闘するための武器が大きな要素になります。

 まず武器について検証したいと思います。

 昔はミサイルがないので、全部機銃です。第2次世界大戦が始まる前は日本の海軍も陸軍も、イギリスのヴィッカーズのE型という7.7ミリの機銃をライセンス生産していました。口径が小さいため、その後12.7ミリに拡大します。このサイズは、アメリカのブローニング社のANM2という機銃のコピーでした。

 日本が作った機銃の性能は、発射速度が毎分800発、初速が毎秒780m。本家のブローニングは、発射速度が850発、初速が887mあります。ということは、本家の方が10%以上初速は早いことになります。初速が早いと、銃口から弾が出てくるスピードが速いということです。放物線を描きますので、弾はずっと直線で飛ぶわけではありません。ただ、初速が速いと直進する距離が長くなる。そうなると命中率に差が出ます。

 零式艦上戦闘機は胴体の機銃の他に、翼に20ミリの機関砲を装備していました。これは、スイスのエリコン社のFFという、世界的にベストセラーの機関砲で、ライセンス生産して海軍で採用して使いました。このように基本的に機銃は日本独自のものはほとんどありませんでした。

 続いて、エンジンです。日本で戦闘機のエンジンとして使われたのが「栄」です。中島製の1000馬力のエンジンで、14気筒・排気量が27860CCと非常に強大です。零式艦上戦闘機も陸軍の隼も、この「栄」を搭載していました。

 同時期にアメリカのワイルド・キャットという戦闘機に積まれていたエンジンは、排気量が約3CCでした。

 ここで問題になるのは、燃料とオイルです。燃料は、日本では一番高いオクタン価で91オクタンのガソリンをつかっていました。アメリカは100オクタンです。日本の石油に関する技術は非常に遅れていました。

 あと、航空機のエンジンにもオイルが必要です。日本は戦前までエンジンオイルを100%アメリカからの輸入に頼っていました。それができなくなったので、使ったオイルをろ過して再度使うという方法を採っていました。劣悪なオイルを使うことによって稼働率が落ちていたのではないかと言われています。

 機体設計は、手に入るエンジンを使って相当技術者が頑張っていたと思います。

 ですから、エンジンはそこそこ作れた。機体の性能もそれなりに良かった。しかし、オイルや燃料の他の技術などのベーシックな部分の技術力で、当時はまだまだ諸外国に追いつけていなかったという気がします。

   

例会変更(616日(火)~29日(月))

 

16日(火)

名東RC

国際ホテル

17日(水) 守山RC マリオットアソシアホテル
18日(木) 大須RC 東急ホテル
19日(金) みなとRC マリオットアソシアホテル
23日(火) 千種RC 東急ホテル
24日(水) 名北RC アパホテル名古屋錦
25日(木) 瑞穂RC ヒルトン名古屋
29日(月) 中RC 観光ホテル
   
次回卓話(615日 友愛の日” シャンボール)
 

一年を振り返り 次年度に向けて

親睦活動・出席・会員増強・会場設営・ニコボックス委員長又は副委員長

   
次回行事(青少年奉仕委員会)
 

名古屋市教育委員会へ「安心安全ベスト」「寄付金」贈呈

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